大学からのお知らせ

皇學館館友会富山県支部 令和四年度総会・研修会「山田孝雄博士について」のご報告

更新日:令和4年8月18日

 

富山県支部では、八月七日(日)午後二時三十分から、富山市の越中稲荷神社にて令和四年度の総会を開催した。

 

 はじめに正式参拝を斎行、参集殿に移動して総会が開会された。

 

 総会では、長谷川孝德(大十四文)支部長が挨拶を申上げ、次にコロナ禍で総会が開催されなかった昨年、役員改選により顧問になられた山田宣道(大九文)前支部長が、支部長退任の挨拶を申上げた。

 

 次に御来賓として御臨席の、山田孝雄神宮皇學館大學初代學長が大叔父になられる、

 

山田家第十二代当主 越中稲荷神社宮司の山田(まさ)(てる)様よりご祝辞を賜り、皇學館大學出

 

身者の私達に励ましの言葉をいただいた。

 

 次に、協議事項・報告事項・出席者の自己紹介が行はれた。

 

 そして今回は、総会終了後に懇親会ではなく研修会を開催、初代神宮皇學館大學長であり、富山県人初の文化勲章受章者、富山市名誉市民第一号者である「山田孝雄博士」について、博士の生涯を振り返りつつ、日本語文法を学びに学び、究めに究められた多大なる業績等を顕彰申上げ、その御遺徳について学んだ。そして、山田方輝宮司様からは、孝雄博士との思ひ出話を聞かせていただいた。方輝氏の祖父の弟である孝雄博士は、方輝氏が幼少の時に父上が戦死されたため、博士は方輝氏に父親の代はりとなり、山田家当主としてまた神主として大切なことを親しく教へられたことや、博士は昭和二十年から富山市の愛宕神社の宮司を務められてをり、その六月の例祭や先祖の墓参りの度に富山市に帰られ、その都度越中稲荷神社へ寄られた話、公職追放の際、富山市に戻りたかったが、富山市は大空襲により焼け野原であったため帰る場所がなかったことなど、身内としての貴重なお話をいただいた。

 

私達にはとっては、とても遠い存在である山田孝雄初代神宮皇學館大學長であったが、とても有意義なお話を伺ふことが出来き、特に愛宕神社の例祭では、その時その時の世の様を、辞別きての形で更に強く祈りを込めて年毎に祝詞が書かれてあり、その自筆の祝詞も拝見できたことは、初代學長より神職としての心構へを改めて匡されてゐるかの如く、諭される研修会となった。                                                                                                       (幹事長 栂野 高広)

 

 

 

出席者 山田宣道(大九文) 長谷川孝德(大十四文) 栂野高広(大二十九神)

 

浦泰宏(大二十九史) 塩見征之(大二十九教) 武内巌(大三十一文)

 

宮﨑幸枝(大三十八神) 金田伊代(神専二十九) 平岡晶太(大五十神)

 

白又亮一(大五十六神)

 

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