巨大古墳の謎
日本にも大河があった?
昔、中国や朝鮮半島から大和朝廷に遣わされた使人は、瀬戸内海を通って上陸して都(倭京)に入った。だから中国・明の史料には、日本にも長江や黄河に匹敵する大河があり、その上流に都があると記されていたという。
古墳は戦争回避の知恵
しかも上陸地に仁徳天皇陵、都への道筋に応神天皇陵があり、使人は必ずこの巨大古墳を見て都に入った。実はこの古墳群は、東アジアに日本の技術力や統率力を示すことで、無用の戦いを避ける日本人の知恵だったのだ。
1300年ほど前に編纂された『日本書紀』を使い、考古学や東アジアの史料と照らし合わせながら日本の古代史を検討する。またフィールドワークも積極的で、都が置かれた飛鳥・奈良・大阪・京都などに近い伊勢の利点を活かし、毎月、古代の遺跡や史跡、神社・仏閣などの「歴史の舞台」を訪れる体験(百聞は一見にしかず)ができるのも岡田ゼミの楽しみ。 専門は日本の考古学・古代史。まるで博物館のような、石器や土器でいっぱいの研究室で古代を熱く語る。
持統天皇朝から、20年ごとに行われて、1300年続く伊勢神宮の式年遷宮。平成25年、伊勢では第62回式年遷宮を迎える。皇學館ではそんな歴史に触れながら、生きた歴史を学ぶ。


日本史の有名人が多く伊勢を訪れた 
大和朝廷が、太陽が昇る東の海に近い場所に天照大神を祀り、日本の聖地とした伊勢。持統天皇や源義経、平清盛、足利義満、織田信長、吉田松陰などが訪れ、江戸時代には国民の6人に1人が参宮する巡礼地だった。
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