有名な「板垣死すとも……」は嘘だった……は嘘だった?
作り話とされた事件
明治15年、自由民権運動家の板垣退助は、反対派の男に襲われて大怪我をした。その時、彼が「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだことが翌日の新聞に紹介された。ところが、後にこれは作り話だという説も流布した。
公式記録に書かれた言葉
ところが、その場にいた当時の警察署員が書いた正式な報告書に、板垣が「吾死スルトモ自由ハ死セン」と言ったと記録されている。事実は明らかだ。大切なのは、史料に基づいて考えること。それが歴史を学ぶということなのだ。
明治から昭和にかけて、世界各国が戦争の渦に巻き込まれる中、日本の政治家たちが何を考え、どんな努力をして戦争に至ったかを、実際の外交資料や公式記録などをもとに検証する。また国内外でのフィールドワークも積極的に行う。平成24年には、日露戦争の激戦地である中国・旅順の「203高地」を訪ねた。 専門は日本近現代史。著書は「日露戦争」。最近、伊勢商工会議所の「検定お伊勢さん」の監修を務めた。
普通はなかなか体験できない伊勢神宮の行事への参加をはじめ、学外でのフィールドワークは実に多彩。特に平成25年は「式年遷宮」の年だけにイベントも目白押しだ。


フリーペーパーは伊勢からはじまった
御師が全国で配った伊勢暦(ごよみ)は、カレンダーであると同時に、生活に役立つ情報が満載だった。そのため庶民に大好評で、神宮への信仰はより深まった。現在のフリーペーパーの先駆けは、伊勢にあったのだ。
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