妻の助けを得て、秀吉は「木の下」から歩き出した。
木下は、妻・ねねの姓
若い頃、豊臣秀吉が「木下藤吉郎」と名乗ったのは有名な話。しかしこの木下という苗字、実は秀吉のものではなく、妻・ねねのものという説がある。貧しい家の生まれを隠すために、秀吉が妻の苗字を利用したというのだ。
人間らしいヒーロー
その証拠に、天下を統一してからも、秀吉はねねに頭が上がらなかったことが手紙などに残されている。歴史のヒーローといっても、実は私たちと同じ人間。悩み、不安に感じ、決断した積み重ねが「日本の歴史」なのだ。
歴史研究で最も重要な古文書に触れ、当時の人々の生活や考え方を探る。これにより、歴史上の人物が架空の人ではなく、同じ日本で、笑ったり悩んだりしながら生きた人間だということを実感するのが岡野ゼミの目的。昔の日本人の文化を実感するために、日本古来の書式に従って古文書を作るという実習も興味深い。 専門は日本の中世史・荘園史。著書は「源氏と日本国王」など多数。NHKテレビなどにも出演している。
どこか他人事のような「日本史」ではなく、自分達の来歴として「日本」を学ぶ。それが「国史」の意味。卒業後は企業人や公務員、教員など、多彩な業界で活躍をめざす。


贈答品の「のし」は伊勢からはじまった
贈答品に欠かせない「のし」の起源は、伊勢神宮の供え物に使われた熨斗(のし)あわび。上流階級で慶事の贈答品に用いられたものが広がって現在の形になった。今でも、贈り物には伊勢の伝統が生きているのだ。
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