| 氏名 | 深津 睦夫 (フカツ ムツオ) |
| 専門分野 | 日本中世文学 |
| 学位 | 博士(文学) (論文博第123号) 名古屋大学 |
| ◆代 表 業 績 |
| 著書(単著) | ||
| 中世勅撰和歌集史の構想 | 平成17年03月 | 博士号取得論文の刊行。従来軽視されてきた十三代集を研究対象として、各集の特徴を明らかにするとともに、その史的展開の相を明らかにした。また、これら勅撰集の政治的・思想的背景とのかかわりについても論じた。(A5版420頁) 【単著】 笠間書院 掲載頁:420頁 |
| 著書(共著、編著、翻刻、翻訳、注釈等) | ||
| 和歌の伝統と享受(和歌文学論集 10) | 平成08年03月 | 宗良親王と南朝歌壇の関係を、次の四点から検討した論。(1)北畠親房と親王との交流。(2)信州在住の親王の許に、親王の判を求めて「正平二十年内裏四季歌合」が送られたこと。(3)新出資料の「三千首和歌」に記されている親王の批評記事。(4)新葉集の序文に込められた親王の思い。井上宗雄・今関敏子・上野順子・佐々木孝浩・三村晃功・大坪利絹・深津睦夫・田中新一・小高道子・鈴木健一・久保田啓一・揖斐高・奥田勲・小野恭靖・大岡賢典・長崎健・綿貫豊昭・日下幸男。(191〜218頁)(A5判、総456頁) 【共著】 風間書房 編者名及び共著者名:井上宗雄・今関敏子・上野順子・佐々木孝浩・三村晃功・大坪利絹・深津睦夫・田中新一・小高道子・鈴木健一・久保田啓一・揖斐高・奥田勲・小野恭靖・大岡賢典・長崎健・綿貫豊昭・日下幸男。 掲載頁:191〜218頁 |
| 続後拾遺和歌集 (和歌文学大系9) | 平成09年09月 | 第十六番目の勅撰和歌集「続後拾遺和歌集」の注釈書。校訂本文、脚注、作者名索引、詞書人名索引、地名索引、初句索引から成る。(A5判、380頁) 【単著】 明治書院 掲載頁:380頁 |
| 古今集古注釈集成 浄弁注・内閣文庫本古今和歌集注(伝冬良作) | 平成10年03月 | 南北朝時代成立の古今集注釈「浄弁注」と「内閣文庫本古今集注(伝冬良作)」の本文を提供。脚注形式により、「浄弁注」においては諸本の校異を、「内閣文庫本古今集注(伝冬良作)」においては、関連する古今集古注釈書類(十数種)の類似記事を示した。要語索引、解説を付す。(A5判、380頁) 【単著】 笠間書院 掲載頁:380頁 |
| 歌論歌学集成第十二巻 | 平成15年03月 | 共著者:安達敬子。「東野州聞書」担当(解題:A5判1〜9頁、校注:15〜104頁、補注:183〜219頁)。 【共著】 三弥井書店 編者名及び共著者名:安達敬子 深津睦夫 掲載頁:1〜9頁、15〜104頁、183〜219頁 |
| 私撰集作者索引続編 | 平成16年12月 | 『新編国歌大観』第六巻・私撰集続編の作者名索引。全体の編集方針の策定、全データの統括、処理、原稿全体の作成を担当。後藤重郎・池尾和也・乾澄子・加藤弓枝・加藤洋介・桑垣内信行・杉戸千洋・中條敦仁・中川豊・深津睦夫・前田雅代・村井俊司・安田徳子。(A5判、300頁) 【共著】 和泉書院 編者名及び共著者名:後藤重郎・池尾和也・乾澄子・加藤弓枝・加藤洋介・桑垣内信行・杉戸千洋・中條敦仁・中川豊・深津睦夫・前田雅代・村井俊司・安田徳子。 掲載頁:300頁 |
| 戦後和歌研究者列伝―うたに魅せられた人びと | 平成18年11月 | 和歌文学会設立五〇周年を記念して、この五〇年間に和歌文学研究に大きな足跡を残した人々の伝記を集成した書。深津は「片桐洋一―古注釈研究の開拓と大成」を執筆。田中登・松村雄二・山本登朗・川上新一郎・鈴木宏子・伊井春樹・深津睦夫・藤田洋治・浅田徹・久保木寿子・鈴木徳男・長崎健・平野由紀子・後藤祥子・谷知子・上條彰次・田淵句美子・兼築信行・錦仁・小林一彦・佐藤恒雄・佐々木孝浩・小川剛生・廣木一人。(72頁〜85頁)(A5判、総374頁)。 【共著】 笠間書院 編者名及び共著者名:田中登・松村雄二・山本登朗・川上新一郎・鈴木宏子・伊井春樹・深津睦夫・藤田洋治・浅田徹・久保木寿子・鈴木徳男・長崎健・平野由紀子・後藤祥子・谷知子・上條彰次・田淵句美子・兼築信行・錦仁・小林一彦・佐藤恒雄・佐々木孝浩・小川剛生・廣木一人 掲載頁:72頁〜85頁 |
| 学術論文 | ||
| 新葉集の撰集意識をめぐって | 平成09年01月 | 新葉集は文学史的には「准勅撰集」と位置づけられているが、あくまでも宗良親王の私撰集として撰集が始まったものであることを述べた。その私撰集とは、将来の勅撰集撰集の際の資料源たることをめざしたものであり、そのことは「新葉集」という集名に端的に示されていることを論じた。また、そのような私撰集として撰集が始まりながら、結果的に勅撰集にせざるを得なかった親王の苦い思いについても言及した。(436〜453頁) 【単著】 『日本古典文学の諸相』(勉誠社) 掲載頁:436〜453頁 |
| 宗良親王―二つの自叙伝― | 平成11年10月 | 宗良親王自撰の家集「李花集」と宗良親王撰の准勅撰集「新葉集」との撰歌範囲の違いに着目して、それぞれの歌集の編纂意図を推定するとともに、親王自らの人生のとらえ方を明らかにした。(22〜29頁) 【単著】 『解釈と鑑賞』64巻10号(至文堂) 掲載頁:22〜29頁 |
| 勅撰集の中の政治―風雅集所収の外宮祠官詠三首をめぐって― | 平成15年11月 | 風雅集神祇部に収められている外宮祠官詠三首が、いわゆる伊勢神道思想を詠んだものであることを指摘して、風雅集編纂当時の京都周辺の軍事的状況や伊勢の政治的・軍事的状況の中で、それらの歌が風雅集に採られたことの意味を論じた。(4〜16頁) 【単著】 『文学』(岩波書店)隔月刊第4巻第6号 掲載頁:4〜16頁 |
| 勅撰集と権力構造―風雅集・雑歌下・巻頭部の述懐歌群をめぐって― | 平成18年03月 | 風雅集・巻十七・雑歌下の巻頭部分に十二首連続して収められている治世に関する述懐歌に着目して、現実の政治権力が勅撰集にどのように反映しているかを検討したもの。その結果、ここには、下命者光厳院の、「治天」としての正統性の主張、当代の権力構造(摂関・天台座主・伝奏・武士など)に関する認識が示されていることを明らかにした。また、風雅集における武家の存在の大きさについても述べた。(1頁〜18頁) 【単著】 『国語国文』第七十五巻第三号(中央図書出版社) 掲載頁:1頁〜18頁 |
| 勅撰和歌集における為政者の述懐詠をめぐって | 平成18年12月 | 新古今集以下の勅撰集に収められた、撰集下命者の自らの治世に関する述懐詠に着目して、撰集に託した為政者の政治的意図を考察した。その結果、歴代勅撰集の中で続古今集と続千載以下新拾遺集に至る五集に、特に政治的意図が強く打ち出されていることが明らかになった。また、その内容は、当代の為政者の正統性や君臣の結びつきの強さの誇示が中心となっているが、一部の歌集においては、政敵に対する鎮魂ということが意図された形跡も見られることを指摘した。 【単著】 国文学言語と文芸 掲載頁:48頁〜66頁 |
| 宗良親王と『新葉集』 | 平成19年05月 | 准勅撰集とされる新葉集には、撰者宗良親王の歌が九十九首、さらに「よみ人しらず」として親王の歌が九十四首入集している。新葉集は千四百首余の規模の歌集であるが、勅撰集やそれに類する私撰集において、撰者が自詠をこれほど多く撰入している例は外にない。その理由について、親王の自らの歌への執着という側面と、撰集資料の不足という編纂事情の側面とから考察を加えた。 【単著】 『解釈と鑑賞』72巻5号(至文堂) 掲載頁:67頁〜74頁 |
| 長慶天皇の文学環境 | 平成21年07月 | 南朝文学史上もっとも注目すべき「新葉和歌集」と「仙源抄」の二作品に深く関与した南朝三代天皇の長慶天皇が、どのような文学的環境の中で、その文学的素養を身につけたのかを考察したもの。「仙源抄」記事の分析、「新葉和歌集」所収の天皇詠の分析から、天皇が文学的素養の基盤を築くについては、父後村上天皇の存在と、南朝唯一の歌道専門家であった二条為忠の存在が大きかったが、同時に、天皇自らが作品を深く読み込むことによって、独自の読解力を培っていったと考えられる。(A5版、13頁〜21頁) 【単著】 『日本文学』第58巻第7号 掲載頁:13頁〜21頁 |
| 新葉和歌集の伝本について | 平成22年01月25日 | 新葉和歌集の伝本の位置づけを再検討するとともに、それを通じて、新葉集の成立経緯をも考察したもの。取り上げた伝本は16本。それを、歌の出入りと本文異同を基準にして六類に系統分類した。また、伝本間の相違が、編者による改訂の跡を示すものであることを論じ、その過程を推定した。従来、私撰本段階と奏覧本段階に二分して、松井本を私撰段階を示す伝本としてきた点に対して新たな見解を示し得た点が重要。(A5版、38〜54頁)。 【単著】 『国語国文』第79巻第1号 掲載頁:38〜54頁 |
| シンポジウム「神社奉納和歌研究の現在」 | 平成23年03月 | 平成21年11月28日開催の皇學館大学神道研究所公開学術シンポジウム「神社奉納和歌研究の現在」の記録。A5判、総161頁。担当部分95〜147頁。発題者:前田雅代、神道宗紀、石川一、企画・司会:深津睦夫。 【共著】 『皇學館大学神道研究所紀要』第27輯 編者名及び共著者名:前田雅代、神道宗紀、石川一、深津睦夫 掲載頁:95頁〜147頁 |
| その他 | ||
| 当たり前のことを、本気で―大切にしてきた二つの制度― | 平成22年07月 | 皇學館大学が、地方の小規模大学でありながら、社会から一定の評価を得続けている事情について述べたもの。大学の現況とその歴史をふまえて、「堅実」という校風がその要因であることを指摘。そして、その学風を形成する上で大きな役割を果たしているのが、(1)指導教員制と(2)卒業論文の重視であろうと考えた。これらはけっして皇學館大学独自の目新しい制度ではないが、それを実質化することに努力を傾けてきた点に特徴があると思われる(32頁〜37頁)。 【単著】 『大学時報』333号 掲載頁:32頁〜37頁 |